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福岡地方裁判所 昭和62年(行ウ)4号 判決

原告 崔昌華

被告 法務大臣 ほか一名

代理人 金子泰輔 印部久男 吉松悟 宮崎良治 ほか二名

主文

一  本件訴えをいずれも却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告法務大臣が、昭和六二年一月六日原告に対してなした原告の在留期間を三年から一年とする短縮処分を取り消す。

2  被告法務大臣は、原告に対し、前項の短縮処分を取り消すと同時に、在留期間を三年とする更新許可処分をせよ。

3  被告国は原告に対し金一〇〇万円を支払え。

4  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁(本案前)

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

別紙一のとおり

二  被告の本案前の申立の理由

別紙二のとおり

理由

第一被告法務大臣に対する各請求(請求の趣旨1、2項)について

一  被告法務大臣に対する各請求は、同被告が外国人たる原告に対し、在留期間を三年から一年とする「短縮処分」をしたとして、その取消し及び在留期間を三年とする更新許可処分をなすことを求めるものであり、後者は、いわゆる無名抗告訴訟たる義務づけ訴訟に当たる。

ちなみに、原告は「短縮処分」という表現を用いているけれども、被告法務大臣が原告に対し、一旦、在留期間を三年とする更新許可処分をした後、さらにこれを一年に短縮する処分をした旨の主張はないから、その趣旨は、原告が、申請書に希望する在留期間を三年と記入して、更新許可申請をしたのに、被告法務大臣は、在留期間を一年にとどめる更新許可処分をしたというのにほかならないと解される。これを要するに、原告の右各請求は、被告法務大臣がした、在留期間を一年とする更新許可処分(以下、これを「本件処分」という。)がその希望するところと異なるところからこれを不服として、その取消しを求めるとともにこれに代わる新たな処分の給付(三年の在留期間の付与)を求めるものと解される。

二  取消請求について

そこで、まず、本件処分の取消しを求める請求について、その訴えの利益の有無を検討する。

行政事件訴訟法九条は、行政庁の処分の取消しの訴えは、当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者に限り、提起することができる旨定めているところ、ここにいう法律上の利益を有する者とは、当該処分により、自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれがあり、その取消しによつてこれを回復すべき法律上の利益をもつ者を意味するものと解される。したがつて、取消訴訟による訴えの利益を肯定するためには、取消請求の対象となる処分が、原告の権利又は法律上の利益を侵害する、いわゆる不利益処分に該当することを要するものといわなければならない。

これを、本件についてみるに、出入国管理及び難民認定法は、本邦に在留する外国人は在留期間の更新を申請することができることとしているが(二一条一項、二項)、その申請に対しては法務大臣は在留期間更新を適当と認めるに足りる相当な理由があるときに限り、これを許可することができるものと定めている(同条三項)のであるから、当該外国人には、在留期間の更新が権利として保障されているわけではないし、いわんや、一定の期間の在留を請求する権利が与えられているわけでもないことは明らかであつて、在留期間の更新を認めるか否か、認める場合にどの程度の期間を付すべきかについては、もつぱら法務大臣の裁量―広汎で自由な裁量に委ねられているものと解される。

そうすると、本件処分は、確かに一年という期間の点において原告の希望するところと異なるところがあるにせよ、本来、従前の在留期間の経過とともに法律上当然に在留資格を失い、わが国から直ちに退去しなければならない地位にある原告に対し、申請の趣旨どおり在留期間の更新を認め、旧期間経過後も引き続き一年間わが国に在留し得る資格を付与したものであつて、原告の権利又は法律上の利益を侵害するものではなく、不利益処分とはいえない。

なお、付言すれば、原告は、本件処分を「短縮処分」と称する等して、あたかも、被告法務大臣が既に本件処分の時点において、原告に対し本件処分に係る在留期間一年経過後の原告の在留資格についてその付与を事前に拒否した(その意味で本件処分は不利益処分である)かのような主張をしているが、しかしそれは原告の誤解によるものであつて、本件処分は右一年の在留期間経過前の一定時に原告が再度その更新の申請をすることを決して妨げるものでもないし、また右申請時において被告法務大臣が許否いずれの処分を行なうかも、全く不確定の状態にあるのである。

したがつて、原告には、本件処分の取消しを求める法律上の利益は全くないものといわざるを得ない。

よつて、本件処分の取消しを求める訴えは、訴えの利益を欠く不適法のものとして却下を免れない。

三  新たな処分の給付請求(義務づけ訴訟)について

次に、新たな処分の給付請求(義務づけ訴訟)について、その訴えの利益の有無を検討する。

本件請求が、被告法務大臣が原告に対してなした在留期間を一年とする更新許可処分を不服として、新たに在留期間を三年とする更新許可処分をなすことを求めるものであり、いわゆる無名抗告訴訟たる義務づけ訴訟に当たることは、右一で述べたとおりである。

ところで、一般的に行政事件訴訟法上、同法の明定するいわゆる法定抗告訴訟のほかに更に無名抗告訴訟なるものを許容すべきであるか否かについては議論の存するところであるが、仮にこれを肯認する見解を採るとしても、もともと抗告訴訟制度が、行政庁の作為又は不作為によつて、国民(外国人を含む)の側に違法な不利益状態が作出されている場合に、これを除去して救済を図ろうという目的の下に創設された制度である以上、法定抗告訴訟であると無名抗告訴訟であるとを問わず、これを提起し得る法的資格を有する者は、行政庁の右作為又は不作為によつて、自己の権利もしくは法律上保護されるべき利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者に限定され、これに該当しない者は、右いずれの訴訟をも提起する法的資格を有しないものといわなければならない(行政事件訴訟法九条、三六条、三七条等参照)。

そうとすると、行政庁の作為としての本件処分が原告の権利又は法律上の利益を侵害するものではないことは右二で述べたとおりであるから、本件請求も、前記取消請求と同様に訴えの利益を欠くものといわざるを得ない。

四  以上によれば、被告法務大臣に対する各請求は、いずれも訴えの利益を欠く不適法のものとして却下を免れない。

第二被告国に対する損害賠償請求(請求の趣旨3項)について

一  被告国に対する損害賠償の請求は、行政事件訴訟法一三条一号の関連請求として、被告法務大臣に対する抗告訴訟に併合提起されたものであるところ、本件においては、右抗告訴訟は不適法として却下すべきものであること前述のとおりであるから、右被告国に対する請求がその併合要件を欠くことは明らかである。

二  思うに、抗告訴訟と併合提起された関連請求に係る訴えが併合要件を満たさないため不適法な併合の訴えとなる場合においては、受訴裁判所としては、原則として、右併合された関連請求に係る訴えを独立の訴えとして抗告訴訟と分離したうえ、自ら審判するか、又は事件がその管轄に属さないときは、これを管轄裁判所に移送する措置をとるべきであるが、ただ、右関連請求の併合が抗告訴訟と同一の訴訟手続内で審判されることを前提とし、専らかかる併合審判を受けることを目的としてされたものと認むべき特段の事情の存するときは例外的に右関連請求に係る訴えを不適法として却下するのが相当というべきである(最高裁判所昭和五九年三月二九日第一小法廷判決・裁判集民事一四一号五一一頁参照)。

三  そこで、本件について右の例外的事情の存否をみるに、本件損害賠償請求は、法務大臣のした本件処分により、在留期間を三年とする更新許可処分を受くべき原告の法的地位が侵害されたことを前提に、これによつて生じた損害の賠償を求めるものであるところ、右前提問題の成否が、まさに前記抗告訴訟の許否を決するものとなることは前記第一で述べたとおりであり、要するに、前記抗告訴訟と本件損害賠償請求訴訟は、いわば唯一の重要な争点を共通にするものであるうえ、しかも本件損害賠償請求の損害としては、本件処分により受けた精神的苦痛に対する慰謝料をあげているのみで、他に特段の損害の主張は全くない。そして、この点を踏まえて、原告の主張を概観すると、損害賠償請求を含む本件訴訟を提起した原告の意図は、外国人登録法所定のいわゆる指紋押捺制度を違憲無効であるとし、かつ、本件処分は、この指紋押捺を拒否した原告に対する報復措置であることを訴えることにあることが、明瞭に看取されるのであつて、現に原告は当初から本件損害賠償請求を前記抗告訴訟と併合して提起していることをも併せ考えると、原告にしてみれば、本件処分の取消し及び在留期間を三年とする新たな行政処分を求める抗告訴訟こそが、本件訴訟の核心、眼目というべきものであり、金銭請求たる本件損害賠償請求は、右抗告訴訟と同一の訴訟手続内で審判されることを前提とし、併合審判を受ける限りにおいて意味があるものとして、右抗告訴訟に付随して併合提起されたものと認められる。

してみれば、本件損害賠償請求の併合については右の例外的事情があるというべきであるから、本件損害賠償請求は、右抗告訴訟と分離することなく、併合要件を欠く不適法なものとして却下すべきである。

第三結論

以上の次第であるから、本件訴えはいずれも不適法として却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤浦照生 倉吉敬 久保田浩史)

別紙一

請求原因

第一本件期間短縮処分の経緯

一 原告の在留資格取得の経過

1 原告は一九三〇年九月二十四日、朝鮮平安北道宜川郡宜川邑で朝鮮人として生まれ出世によつて日本国籍を取得。

2 原告は一九五四年六月、日本へ自主入国し、一九五五年四月神戸改革派神学校に入学、一九五八年三月同校卒業。

一九六〇年北九州市小倉北区白銀一丁目六番七号の現在地にある在日大韓基督教小倉教会牧師に就任。

一九六八年九月下関入国管理事務所に入国経緯を自主申告、一九六九年十二月十六日法務大臣より在留期間一年の特別在留資格を取得、その後、一年の期間更新を四回した後、一九七四年期間三年の在留資格を取得、一九七七年、一九八〇年、一九八三年、いずれも在留期間三年の更新許可処分を受け居住してきた。

3 従来の在留期間の更新にあたつては、原告が様式の定まつた在留期間更新許可申請書に所定の事項を記載して提出すれば被告法務大臣は右記載事項を審査して、当然在留期間の更新を認めてきた。

二 本件短縮処分を受けた経過

1 原告の前記最終の在留期間は、一九八六年十二月十六日をもつて満了するため原告は一九八六年十一月十七日法二一条一項の規定に基づき、法務省福岡入管局小倉港出張所において被告法務大臣に対し三年の在留期間更新の申請をした。

右申請は、協定永住の家族四人との同居及びキリスト教宣教活動及び教育活動(八幡大学講師)を続けるための当然の理由によるものである。

2 しかるに福岡入管局小倉港出張所職員は「本庁に書類をあげるように指示があり、そして必ず許可するものではない」と今回に限つて強調するのであつた。

3 一九八六年十二月二十九日福岡入管局小倉港出張所から同年十二月二十七日付で書留による通知書を受け取つた。在留期間一年(一九八七年十二月十六日まで)の在留を許可する決定、一九八七年一月二〇日まで証印手続を終了すること、という内容であつた。

4 原告は一九八七年一月六日福岡入管局小倉港出張所の通知に従い同所へ出頭、被告法務大臣が原告の在留期間を一九八七年十二月十六日までとする期間三年から期間一年への短縮処分の証印手続を終えた。

三 本件処分についての被告法務大臣の説明

1 原告は期間三年から期間一年にした短縮処分は、原告の在留を不安定ならしめる不利益処分であり原告の基本的人権を侵害する違法なものであるから短縮処分の撤回を求めたが、法務大臣の決定であるから撤回できないと拒否した。

2 原告は原告に対する不利益処分をした行政庁はその処分の理由と異議の申立制度の教示、説明を求めた。

3 小倉港出張所職員は福岡入管局を通じ法務省に連絡、約一時間後に返答があり、職員がメモで理由を次のように読みあげた。

「申請人が意図的かつ公然と指紋押捺を拒否した行為は出入国管理行政上看過しがたくこれをきびしく評価し在留期間を三年から一年に短縮のうえ在留を認めることとしたものである」

異議の申立については、法務大臣の裁決なので地方裁判所に提訴できるという教示、説明であつた。

第二指紋押捺制度の違憲性、不当性

一 はじめに

被告が本件短縮処分の理由とした外登法第十四条の指紋押捺制度は、在日韓国人・朝鮮人と日本国民とを合理的理由なく差別的に取り扱つている点で憲法十四条、国際人権規約B規約(以下「B規約」という)に違反し、また右判決は憲法十三条の保障する「個人の尊厳」「幸福追求権」を侵害し、B規約七条の禁止する「品位を傷つける取り扱い」に該当するものである。

二 指紋押捺制度

現行外登法によればわが国に在留する外国人は、入国時または出生時から一定期間内に外国人登録を申請する義務があるとされている。

わが国に一年以上在留する十六歳以上の外国人が新規登録申請をする場合、その後五年ごとに登録証明書の切替交付申請する場合及び登録証明書の引替交付、再交付を申請する場合にはいずれも登録原票、登録証明書及び指紋原紙に指紋を押捺しなければならない(同法十四条)、そして右指紋押捺拒否者に対しては一年以下の懲役若しくは禁固または二十万円以下の罰金に処せられることになつている(同法十八条一項)、また右懲役または禁固と罰金とは併科することも認めている(同条二項)。

三 指紋押捺制度の性格

外登法は一九四七年の外国人登録令(以下「外登令」という)を受け継いで制定改定されてきたものであるが右外登令の第十一条に「在日朝鮮人・台湾人は当分の間これを外国人とみなす」と規定、日本国籍を保有する在日韓国人・朝鮮人を一般外国人として管理の枠をかぶせることにより、特殊な治安管理の対象とした。指紋押捺制度は管理のカナメであり服従のシンボルとしての役割をなしている。日本国民に対しては住民登録に際して指紋押捺の義務はなく在日韓国人・朝鮮人の三世、四世にまで指紋押捺を刑罰をもつて強要する制度は世界において日本のみである。

四 右制度と憲法十三条、国際人権規約B規約七条

指紋押捺による個人識別法は、そもそも犯罪捜査の手段として研究、開発されてきたものである。犯罪人の確定や前科前歴の発見等に利用されることが世界各国で一般的に行なわれるなど、指紋と犯罪捜査とに密接な関係のあることは広く認識されている。それ故、指紋に関する情報は犯罪捜査と人権との関係においても自ら管理すべき重要な情報なのであり、刑事訴訟法、国家公安委員会規則指紋等取り扱い規則、監獄法施行規則等の法令においても指紋採取に関しては厳格な取り扱いがなされている。然るに外登法が外国人であるというだけで指紋押捺を罰則をもつて強制していることは個人の情報管理権、個人の尊厳を著しく侵害するものとして憲法十三条に違反するものである。また、指紋押捺の強制は「品位を傷つける取扱い」に該当するもので、国際人権規約B規約七条により禁止されているものである。

五 右制度と憲法十四条一項、国際人権規約B規約二十六条

在日韓国人・朝鮮人は大日本帝国の植民地政策による強制連行の歴史的事実と戦後四十年日本社会に定住してきた生活実態に照らし日本に居住する少数民族として最大限日本国民と平等な権利が公法上私法上保障されなければならない。

憲法十四条一項の「法の前の平等」は近代憲法の基本原理として同条の文言に拘らず性質上外国人に対しても及ぶ規定であり、日本の批准した国際人権規約B規約二十六条もその旨定めている。

そして右「法の前の平等」は実定法規の適法の平等に留らず、法の内容についても立法の基準として貫かれるべき原理である。

然るに右指紋押捺制度は日本国民と少数民族としての在日韓国人・朝鮮人及び外国人とを合理的理由もなく差別的取り扱いをするものとして、憲法十四条一項、国際人権規約B規約二十六条により禁止されるべきものである。

第三指紋押捺拒否を理由とする在留期間短縮処分の違法性

一 原告の指紋押捺拒否

1 原告は一九五五年指紋押捺制度が実施されて以来、指紋を押捺してきた。しかし一九八〇年、次女崔碧恵が十五歳になり、はじめて指紋を押捺するようになり真剣に考え悩んだ後「私は指紋を押したくない」と拒否の意思を表明したので父親、牧師として、また人権運動に関わつてきた一人としてどうしても良心的に指紋を押捺することができず一九八〇年十一月十八日小倉北区役所において外国人登録証明書の確認申請の時、指紋押捺を留保した。

2 原告は一九八五年十一月十六日北九州市小倉北区役所において、外国人登録証明書の確認申請の時指紋押捺を拒否した。

3 一九八五年外国人登録の大量切替(確認申請)の年にあたり、同年十月には指紋押捺を拒否または留保者が一万数千名にのぼり現在も約千名が拒否を続けている。

二 在留期間三年の更新許可の経緯

1 原告は一九七四年十月二十九日、下関入国管理局において在留期間一年から三年に延長された在留資格を取得、一九七七年十二月十六日までの三年の在留期間となる。

2 一九七七年十一月十二日下関入管小倉港事務所で在留期間三年の更新許可の申請書を提出したが、書類が法務省本庁にあげられ一九七七年十二月十六日に在留期間三年の更新が許可され一九八〇年十二月十六日までとなつた。一九七五年日本国籍確認訴訟の輔佐人、参政権獲得斗争、NHKを被告とする名前の民族語音読み訴訟提起等、人権獲得斗争にかかわつた。

3 一九八〇年十一月十七日在留期間三年の更新許可の申請書を入管小倉港出張所に提出、即時にその場で許可され一九八三年十二月十六日までとなつた。原告は一九八〇年十一月十八日北九州市小倉北区役所において、外国人登録証明書の確認申請の時、指紋押捺を留保した。

4 一九八三年十一月七日在留期間三年の更新許可申請書を入管小倉港出張所に提出した。職員は「指紋押捺を拒否している人は法務省本庁に書類をあげるように指示があつたのでこの場で即時に許可できない」と告げた。審査は約三週間かかるだろうと言われた。

一九八三年十二月十六日在留期間満了した後、一九八三年十二月二十八日在留期間三年の更新が許可され一九八六年十二月十六日までとなつた。

三 行政処分の一貫性を欠いている

1 民主主義国家における行政は法による行政でなければならない、特に人権を制約するような場合は明文の規定によらなければならないことは自明のことである。また行政処分は一貫性、継続性が維持されなければならない。

2 然るに本件在留期間短縮処分は原告に対して今迄なされてきた在留期間三年の更新許可の行政処分、特に一九八〇年指紋押捺拒否後の一九八三年十二月なされた在留期間三年の更新許可の行政処分と一貫性を欠いており、不当な処分であり即刻取り消されて三年の期間更新を許可すべきである。

四 報復的目的による本件特別在留期間短縮処分

1 原告は一九八〇年十一月十八日指紋押捺を拒否後、四回再入国の許可を受け三回海外へ旅行した。然るに一九八二年十月二十八日の再入国許可申請は同年十月二十九日不許可となり、報復的目的による再入国不許可処分であり、その取消しを求めて現在東京地裁で審理中である。

2 一九八五年大量切替の年にあたり、指紋押捺拒否の運動が拡がり大きな人権問題、政治問題に発展した。このような状況で基本的人権を尊重する民主国家ならば、すみやかに指紋制度完全廃止の法律を成立させなければならない法務省が法的身分の不安定な特別在留許可の指紋押捺拒否者へ制裁的なおかつ報復的目的により在留期間更新を不許可にして国外退去を求めており、原告に対しては在留期間を三年から一年に短縮して人権獲得の斗いをつぶそうとして精神的圧力を加えている。

3 このように報復的目的による本件特別在留期間短縮処分であることが明白であり、それ故本件処分は不当違法なものである。

五 本件短縮処分による不利益

原告は本件在留期間三年から一年に短縮された処分において、著しい精神的苦痛を受けた。

特別在留許可という法的身分そのものが不安定な地位であり、期間三年より期間一年はより不安定な地位にあることは明白であり、再入国許可等において長期の海外旅行が不可能な不利益を受ける地位にある。

特に将来在留資格がどのようになるかという精神的不安は、はかり知れないものがある。

このように原告の基本的人権としての居住安定の保障が侵害されたのである。

六 法務大臣の裁量権の範囲の逸脱による違法

1 在日韓国人・朝鮮人は参政権、居住権としての日本国籍を保有しているが、日本政府は一方的に国籍を剥奪し一般外国人として取り扱い、それを韓・日条約で追認させてきた経過がある。

2 以上のような歴史的社会的経過をふまえ、すでに与えられた在留資格が尊重されるべきであつて、在留期間について従前の許可内容を変更してはならない。

3 原告もかつて出生による日本国籍保有者であり、三十三年間の定住、社会的、家族的関係等により当然、従前の許可内容を変更できるものではない。

それ故、被告法務大臣の裁量はき束裁量である。従つて、本件短縮処分はその裁量の範囲を逸脱した違法がある。

七 本件短縮処分の違憲性

1 本件指紋押捺拒否を理由とする本件短縮処分は、日本国憲法の前文及び基本的人権保障規定に違反し違憲、違法なものである。

在日韓国人・朝鮮人は日本国における少数民族であり、その人権保障が国際人権規約に規定されている。

2 憲法第十四条は「法の下の平等」が規定され、近代国家において個人を人間として尊重する基本原理であること、国際人権規約B規約に同趣旨の規定があり法の下の平等がすべての人に対して保障される性質の規定であることは自明である。

3 従つて、被告のなした本件短縮処分は憲法第十四条、国際人権規約B規約二十六条の違反である。

4 憲法第十三条の保障する「個人の尊重」「幸福の追求権」は、近代憲法の基本原理である個人主義個人の尊厳から出ているもので日本国民であるか否かを問わず保障されるべき人権である。

人間が生存していく権利の中で最も強く保障されるべきものが居住権である。居住が不安定、不安をもたらす場合、生活そのものの不安定、不安をもたらすものである。

5 従つて、被告法務大臣のなした本件処分は憲法第十三条に違反するものである。

第四結論

一 本件短縮処分は違憲、違法である。

被告法務大臣は短縮処分の理由として、原告が指紋押捺を拒否したことを指摘している。しかし右制度は憲法及び国際人権規約違反であつて、それ自体違憲、違法の制度である。従つて指紋押捺の拒否が短縮処分の理由たりえないばかりか、行政の継続性、一貫性を欠いておりなお報復的処分であることが明白である。

また在日韓国人・朝鮮人としての原告の歴史的、社会的、家族的、法的地位に照らして在留許可期間を三年とすることは被告法務大臣のき束裁量であり、右処分はその法令適用を誤つた違法があり憲法十四条、十三条、二十五条の趣旨にも背馳するものである。

従つて本件短縮処分は即刻取り消されるべきであり、同時に在留期間三年とする更新許可処分がなされるべきである。

二 慰謝料請求

前述した通り本件短縮処分によつて原告は精神的にもまた社会的にも重大な不利益を被ることになり本件提訴をさけることができなかつた。

原告が本件違法処分によつて被つた精神的苦痛は極めて重大である。あえてこの損害を金銭に換算すれば、金百万円を下らない。

よつて原告は被告に対し、被告法務大臣の違法な本件在留期間短縮処分によつて被つた精神的被害について、国家賠償法第一条により慰謝料の請求をするものである。

別紙二

被告の本案前の申立の理由

一 請求の趣旨第一項について

請求の趣旨第一項の訴えは、被告が原告に対して昭和六二年一月六日付けで在留期間を一年、在留期限を昭和六二年一二月一六日までとしてなした在留期間更新許可処分(以下「本件処分」という。)の取消しを求めているものと解される(原告は、右在留期間更新許可処分を短縮処分と称しているが、いつたん与えた在留期間をその中途で短縮したものではないから、短縮処分という用語は不適当である。)。しかし、原告は、以下に詳述するとおり、本件処分の取消しを求めるについての法律上の利益を欠く者であつて、本件訴えは、不適法な訴えである。

1 在留期間更新許可の法的性質について

出入国管理及び難民認定法(以下「法」という。)二一条三項は、在留期間更新許可について、「法務大臣は当該外国人が提出した文書により在留期間更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるときに限りこれを許可することができる」と規定し、その許否を法務大臣の広範な裁量にゆだねている。これは、国際慣習法によれば、外国人の入国及び在留の許否は専ら当該国家の裁量によつて決定することができ、特別の条約がない限りは、外国人を自国内に受け入れるかどうか、また、これを受け入れる場合にいかなる条件を付するかを、当該国家が自由に決定することができるとされていて、当然、在留期間の更新についても、当該国家が自由に決定し得ることによるものである。

以上の在留期間更新許可の性質は、いわゆるマクリーン事件についての最高裁判所昭和五三年一〇月四日大法廷判決(民集三二巻七号一二二三ページ)が判示したところである(越山安久・「最高裁判所判例解説民事篇昭和五三年度」四三四ページ以下参照)。

したがつて、法二一条は、外国人に対し、先に与えられた在留期間を超えて本邦に在留できる実体上の権利を付与したものではなく、外国人に在留期間の更新を要求することができる手続上の権利を付与したにすぎないものである。すなわち、法は、外国人が本邦に在留することができるのを一定の在留期間に限り(法四条二項、九条三項)、在留期間が経過したときは、当然在留資格を失うことを前提として、その延長の必要が生じた場合には、法二一条によつて期間の更新の申請をすることができるものとし、この更新の申請に対しては、法務大臣が、裁量により、「在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるときに限り」更新を許可することができることとしているのである。そして、法務大臣が在留更新を許可する場合には、その条件を定める一場面として、新たな在留期間を定め、これを当該外国人が所持する旅券等に記載せしめることとしている(同条四項)のであるが、この在留期間については、当該外国人に申請権も不服申立権も認めていない。これは、在留期間は、在留許可に際して法務大臣が自由に決定し得べき条件の一場面であること、及び新たな在留期間についてもその更新申請権を認めているからこれを争わせる実益に乏しいことによるものと思われる。

2 原告の法的地位について

(一) 原告は、昭和五年九月二四日朝鮮平安北道宜川郡において父崔孝根、母李女の間に出生した韓国人であり、その後、朝鮮において成長した。

(二) 原告は、昭和二九年六月ころ本邦へ不法入国し、大阪市内及び神戸市内などで潜伏居住していたところ、韓国人白章玉名義の外国人登録証明書を不正に入手し、白章玉名義で出入国管理令(昭和五六年法律第八六号による改正により現在は出入国管理及び難民認定法。以下単に「法」という。)二六条一項に基づく再入国許可を受け、同三五年一一月に韓国へ一時帰国したことがある。

(三) 原告は、昭和四三年九月二四日下関入国管理事務所(昭和五六年四月組織改編により広島入国管理局下関出張所となつている。)に出頭し、自己の不法入国の事実を申告したので、同入国管理事務所において原告につき法二四条一号該当容疑で退去強制手続を進めたところ、同四四年一一月七日原告から法務大臣に対し法四九条に基づく異議の申出がなされ、同年一二月一二日、法務大臣は法五〇条に基づき原告の在留を特別に許可した(在留資格は法四条一項一六号に基づく省令(昭和二七年外務省令第一四号)一項三号(以下「四―一―一六―三」という。)、在留期間一年。)。

その間、原告は、同四三年九月二六日北九州市小倉区役所において、外国人登録法(以下「外登法」という。)三条一項に基づき外国人登録の申請を行い、同年一一月二六日同区長から外国人登録証明書の交付を受けている。

(四) その後も原告は、引き続き北九州市内に居住し、四回にわたり在留期間更新許可(いずれも在留資格四―一―一六―三、在留期間一年)を受けてきたが、昭和四九年、同五二年、同五五年には、在留期間を三年とする在留期間更新の許可(いずれも在留資格四―一―一六―三)を受け、さらに、同五八年一二月二八日にも在留期間更新許可(在留資格四―一―一六―三在留期間三年、在留期限昭和六一年一二月六日)を受けた。

(五) 原告は、被告法務大臣に対し、昭和六一年一一月一七日、法二一条一項に基づく在留期間更新申請をした。被告法務大臣は、原告の右申請に対し、法施行規則三条六号の期間内で、在留期間を一年と定めて在留更新を許可することとし、昭和六二年一月六日本件処分に及んだものである。

(六) 右のことからも明らかなとおり、原告は、被告法務大臣の特別在留許可により現在まで本邦に在留している者であつて、「日本国に居住する大韓民国国民の法的地位及び待遇に関する日本国と大韓民国との間の協定」に基づき永住を許可された者ではなく、また、法四条一項一四号に定める永住者でもないのである。

3 原告が本件処分の取消しを求めるについての法律上の利益の有無について

処分の取消しの訴えは、当該処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益」を有する者に限り、提起することができる(行政事件訴訟九条)。この「法律上の利益」の意味するところについては学説上は争いがあるが、それを「法的に保護された利益」と解し、「法的に保護された利益」の侵害の有無によつて判断するのが判例の立場である(最高裁昭和五三年三月一四日第三小法廷判決・民集三二巻二号二一一ページなど)。

そこで、本件処分により、原告の法律上の利益(法的に保護された利益)が侵害されたか否かについてみるに、本件処分は、前述のとおり、在留期間が経過すれば当然在留資格を失うという地位にある原告に対し、一年間の在留資格を新たに付与する授益処分であるから、本件処分によつて原告に法律上の不利益が生ずるものということはできない。したがつて、原告は、本件処分の取消しを求める法律上の利益を有しないことになる。このことは、仮に本件処分が取り消されると、原告は、逆に、本邦に在留しうる資格を失う関係にあることからも明らかというべきである。

原告の主張は、原告には引き続き三年間本邦に在留することを要求しうる権利があることを前提として、右権利が本件処分により侵害されたと主張するものとも考えられる。しかし、前述のとおり、本件処分の根拠規定である法二一条は、在留期間の更新を申請する外国人に対し、特定の期間の在留を要求しうる権利を保障したものではないのであるから、一年間の在留資格を与えた本件処分によつて、原告は、その権利ないし法的に保護された利益を侵害されたことにはならず、この点においても、本件処分の取消しを求める原告の訴えは不適法というべきである。

二 請求の趣旨第二項について

原告の請求の趣旨第二項の訴えは、裁判所に対し、行政庁に代わつて原告に三年間の在留資格を付与する行政処分をすることを求める義務づけ訴訟である。

義務づけ訴訟が憲法が定めた三権分立主義の制度との関係上、許されるか否か、また許されるとして、どのような要件のもとで許されるかについては、争いがあるところであるが、裁判例の大勢は、〈1〉行政庁が当該行政処分をなすべきこと又、なすべからざることが法律上き束されており、行政庁に自由裁量の余地が全く残されていないために行政庁の第一次的な判断権を行政庁に留保することが必ずしも重要ではないと認められ、しかも〈2〉事前審査を認めないことによる損害が大きく、事前の救済の必要が顕著であり、あるいは更にこれに加えて、〈3〉他に適切な救済手段がないという各要件が満たされる場合に限り、義務づけ訴訟は許されるというものである。

そこで、被告のなす在留期間更新許可処分について、右各要件を満たすか否かにつき検討するに、前述のとおり、右処分については被告法務大臣に広範な裁量権が認められているのであり、被告法務大臣は、在留期間の更新の許否を決するにあたつては、外国人に対する出入国の管理及び在留の規制の目的である国内の治安と善良の風俗の維持、保健・衛生の確保、労働市場の安定などの国益の保持の見地に立つて、申請者の申請事由の当否のみならず、当該外国人の在留中の一切の行伏、国内の政治・経済・社会等の諸事情、国際情勢、外交関係、国際礼讃など諸般の事情をしんしやくし、時宜に応じた的確な判断をしなければならないのである。

してみれば、被告に自由裁量の余地が全く残されていないとは到底認められないのであつて、前記〈1〉の要件を欠くことは明らかである。さらに、本件において、他の〈2〉及び〈3〉の要件を欠いていることも明らかである。したがつて、原告の請求の趣旨第二項の訴えは不適法というべきである。

三 請求の趣旨第三項について

行政事件訴訟法一六条が取消訴訟に関連請求(本件の場合には国家賠償請求)に係る訴えを併合することを許した趣旨は、これによつて審理の重複を避け、かつ、裁判所の判断の矛盾を防止することにある(南博方編・注釈行政事件訴訟法一七六ページ以下参照)。この趣旨からすれば、取消訴訟について実体的審理判断がなされる場合にはじめて併合審理の意味があるというべきである。してみれば、取消訴訟が不適法な場合には、取消訴訟については実体的判断に入るべきではないのであるから、審理の重複と判断の矛盾を防止するという意味はないことになる。仮に、右のような場合に、関連請求たる国家賠償請求を却下することなく、審理を続行することになれば、専ら国家賠償請求の審理のために行政訴訟手続の利用を許すことになるが、このことは明らかに不合理である。したがつて、取消訴訟に国家賠償請求を関連請求として併合提起するには、取消訴訟の適法性が要件となると解すべきである。

これを本件についてみるに、前記のとおり、請求の趣旨第一項の訴え(取消しの訴え)及び同第二項の訴え(無名抗告訴訟)が不適法であることは明らかというべきであるから、関連請求たる国家賠償法に基づく損害賠償を求める訴えは、不適法として却下されるべきである(東京地裁昭和四五年一月二六日判決・訟務月報一六巻一〇号一一五六ページ、秋田地裁昭和六〇年四月二六日判決・行裁集三六巻四号六一三ページ参照)。

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